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社会の窓から にゅろっと

底辺でもいいじゃない。人間だもの。

就職活動中の貴方へ

~就職活動中の貴方へ~

私はスーツ姿の女性がとても好きです。

OLフェチ、パリッとフェチなどというところでしょうか。

女性らしさと強さを兼ね備えたその姿に心を奪われてしまうのです。

その中でも、とりわけ就活生のリクルートスーツというものは、まるで夏に鳴く“セミ”のようなものであり、その儚い一瞬の輝きを、今のうちにとくと目に焼き付けておいてください。

 

以上が就職活動中の貴方への、しがない不器用なオジサンからのアドバイスでございます。

 

 

 

余談はこれぐらいにしておいて、本日は30歳になった今だからこそ感じる

「就活」についての想いを書いていきたいと思います。

転職や非正規社員などを経験してきた三十路のオジサンだからこその「就活」への、職を選ぶということへの想いを、参考程度に一つの意見として留めて頂ければ幸いでございます。

 

 

“大企業至上主義”について

就活生の大多数が「大企業」での就業を望むという“大企業至上主義”のもと、昨今、厳しい就職活動戦線が繰り広げられているのは周知の事実であります。

確かに「大企業」での就業は中小企業と比較しても、賃金水準が高かったり、ローンの審査等における“社会的信用”の高さから、多くのメリットがあると考えられるますので、「大手」に拘る人が増えるのも納得できます。

 

また、この“大企業至上主義”はインターネット上の書き込みを見ても顕著です。

・“大手”に内定貰ったから残りの人生イージーモード

・大手落ちて中小にしか内定貰えなかったから人生詰んだ

このような書き込みをよく見かけます。

 

さて、本当に大企業で働くことが出来れば幸せになれるのか。

個人的な見解ではありますが三十路の考えをつらつらと述べたいと思います。

 

 

 

結論から言うと、別に大企業で働いたからといって幸せになれるとは限りません。

中小だろうが大手だろうが幸せになる人もいれば不幸になる人もいます。

 

大企業に就職したは良いけれどもすぐ辞めてしまった。

そんんな人もざらに居ます。

結局のところ企業や仕事内容との“相性”によるところが大きいとは思うのですが、

どうも私は“大企業ならではの辛さ”というものもあるのではと考えてしまいます。

 

実の所、私もその“大企業ならではの辛さ”というものを痛感して、心と体を壊して会社を辞めたクチであるのです。

 

 

“大企業”で働いたことによってサラリーマンが嫌になった

私は大学卒業後、7年間中小企業で働き、“安定”を求めて約1年間もの期間を費やし、

“大企業”への転職を成し遂げました。

“大企業”の定義というものは広義に渡るので、どれくらい大きな会社だったかというと

恐らく日本の中でトップ5に入るであろう規模を誇る会社で働いていました。

自慢みたいで恐れ多いですが、そんな“大企業中の大企業”に転職が決まった時は、

それはもう「人生逆転」したぐらいの気持ちで舞い上がっていました。

 

ところが僅か半年でその“大企業”を退職することとなるのです。

 

私が在籍していたその会社はまるで“昭和の日本の縮図”を忠実に体現した組織でありまして、そのような“企業風土”に最後まで苦しめらることになりました。

歴史ある、巨大な企業というものは、やはり古い考えは抜けにくいのでは

ないでしょうか。

そこで働いている人間というものは、“大業”であるが故に、自分の会社のルールが社会の全てで、外の考えは受け入れがたい傾向にあると感じずにはいられませんでした。

 

結局、組織になじめず、会社の考えに納得することが出来ず、僅か半年で退職することとなりましたので、人は私を「根性なし」と言うでしょう。

 

根性がなかったのは事実でありますし、組織に合わせられない“社会生活不適合者”でもあったので、大いなる“非”が私にはあると感じています。

ただハードな仕事内容も重なって、心と身体の両方が悲鳴を上げてしまいましたので

自分なりに考えて退職という道を選びました。

 

その“大企業”の彼らに毎日のように、耳にタコが出来るくらいに言われました。

「お前のような若造に“権利”は無い。徹底的に我慢をして成長しろ」

「俺らは我慢してきたから出世できた」

恐らく彼らは新卒時から何十年と“会社に守られてきた”からそのような思考にたどり着くのでしょう。

でもさすが耳にタコが出来るくらい言われると嫌になります。

また、徹底的に私という人間を否定してくるもんだからこれも嫌になります。

何度も折れました。心が。これまで生きてきた30年はなんだったんだって。

 

そんなことを言われ続けると沸々と疑問が生じてくるようになりました。

「俺って会社の為に生きてんの?」

「我慢して出世しても、結局また我慢してゴマすり続けるだけの繰り返しじゃない?」

“自我”を封印され、“常識”という大人のルールで縛られることによって

私はサラリーマンという生き方自体を嫌いになってしまいました。

中小企業に勤めていた時には感じることの無かった、やるせない想いを胸に会社を去ることとなるのです。

 

 

 

最 後 に

これらの経験から私は別に大企業での就業をおススメはしません。

言っときますけど、別に大企業で働いている人を軽蔑するつもりはありませんし、

否定するつもりもありません。

ただ私は、“大企業にアグラかいて一生安泰でいるつもりのヤツ”が嫌いなだけです。

 

就活生のみなさん、大企業入っても人生イージーモードになんかなりゃしないですよ。

どんな会社も最後は潰れます。

結局は“会社という後ろ盾”が無くなった時に、強く生きていける人間が強いのです。

私も、いずれは自分自身の力でメシを食っていきたいと考えています。

自分の人生に責任を持って、少しずつでも“折られた自信”を取り戻して見返していきたいと思っています。

 

もしやりたいことがなくて、でも“安定”だけは欲しいというのなら、

医療系の国家資格でも取って下さい。多分よっぽど安定します。

 

自分の生き方は自分で考えましょう。会社のためでも、自分のためでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

いやー2400文字ぐらい書いちゃいましたね。張り切りすぎ。

まあ何が言いたいかというと、最初にも言いましたけど、

リクルートスーツの女の子を目に焼き付けておけってことですよ。マジで。